中国あるある

中国での20年間は、驚きの毎日でした

美味しい小籠包の鼎泰丰で怒る役人

私は小籠包が大好きです。私が小籠包を初めて食べたのは、出張で上海に行った時です。出張中に休日があったので、当時の駐在員が上海の豫園(日本の浅草のような感じ)に観光に連れて行ってくれました。豫園は庭園が中心なのですが、その周辺にある小さな食べ物屋やお土産物屋さんの方が有名です。

その豫園の中に南翔饅頭店という老舗の小籠包が美味しいからと言われ、一緒に行列に並びました。

待つこと30分以上、ようやく手に入れた小籠包は発泡スチロール(今はボール紙)の簡単な弁当箱のような容器に十数個入ってたしか6元か8元くらいだったと思います。

その時はあまり美味しいという記憶はないのですが、とにかく安くてたくさん食べられて、おなか一杯になったのを覚えています。

ここはレストランも併設しており、値段は多少高いのですが、そちらの方はそんなに並ばなくても食べることができます。

 

しばらくして、次の出張の時に前回と同じ駐在員が連れて行ってくれたのは、上海の水城路、和平広場にある小綺麗なレストランでした。

名前は「鼎泰豐」です。もともと小籠包は中国発祥ですが、台湾で鼎泰豐に進化し、上海に逆上陸したのです。

(和平広場は隣の洛陽広場と一緒に取り壊され、今では別の大きなショッピングモールが建てられています)

鼎泰豐は、椅子もテーブルも綺麗で、なんといっても従業員の教育が行き届いており、態度が素晴らしいのです。日本だと普通なんですが、当時の中国のガサツなレストランと比べると大違いでした。中国でもこういうサービスができるんだと驚いたものでした。

そして出された小籠包、これが以前豫園で食べた南翔小籠包とは全く別物で、繊細で優しく緻密な料理に仕上がっているのです。

まず、皮の厚さが全く違います。ものすごく薄いのです。箸で先っぽをつかんで持ち上げると、下に伸びて、いまにも破れてしまいそうな皮は、しかし破れることなく口の中までしっかり運べます。

そして温度も、丸ごと口の中に放り込んでもなんとかやけどすることなく美味しさを味わえる程度に絶妙にコントロールされていました。味はもちろん絶品です。肉汁がほどよく口の中にほとばしり辛くも無く塩っぱくもない、かといってコクのある繊細な味に仕上がっていました。

あの小籠包がこんなに立派な料理に変身してしまうとは、驚きでした。

 

その翌年に私は上海に赴任しました。駐在員生活のスタートです。

当時は出張者も多く、皆さんをここに連れてきて食事していました。評判が高く、そのうち日本の本社の中でも広まっていき、社長が来たときは、必ずここで小籠包を食べることが恒例になりました。社長の出張時の飛行機はファーストクラスなので、美味しい食事を食べられるはずなのに、上海に来るときだけはその食事を断って、わざわざお腹を空かせておくのです。そして上海到着後一目散に鼎泰豐にやってきて小籠包を食べていました。

 

ある日、会議の場で、会社の某部門の部長(日本人)が中国人の総務部長から指摘をうけていました。

ある中国の役人が怒って、会社に連絡してきたそうです。

その役人は前日の夜、和平広場の鼎泰豐(当時は和平広場にしかありませんでした)で接待を受けたのです。ホストはその日本人部長でした。彼は鼎泰豐でその役人を接待したのでした。サービスは最高だし、値段もけっこう高い方だったので、接待には問題ないレベルだと思っていました。一応一部上場企業でもあるわが社の社長も毎回ここで接待しているくらいの場所ですから。

当時は、企業が役人を接待するのは当たり前でした。その費用も予算の中にしっかり入っていたほどです。接待の仕方によっては、企業運営にも影響があるほどです。

そんな大事な接待だったのですが、役人は怒りが収まらない様子で、「お前の会社は接待で小籠包を食わせるのか!」と騒いでいたそうです。

総務部長の説明では、小籠包は中国人にとってはおやつのようなもの、庶民の主食にもなりえない程度の食べ物であり、大事な接待で提供するなんてとんでもないことだっったのです。

私もそこまでは気が付きませんでした。もしも私が担当の接待だったら、やっぱり鼎泰豐を選んでいた可能性があります。明日は我が身でした。

その後、駐在員たちは肝に銘じて、二度と中国人に対する接待で鼎泰豐を使うことはありませんでした。

 

それから数年すると、鼎泰豐はますます有名になり、上海にたくさんの支店ができました。日本にも東京の一等地に出店し、中国よりもはるかに高い価格で提供したにも関わらず長蛇の列ができたそうです。

上海の一等地の新天地にも鼎泰豊ができ、センスのよいおしゃれな中国人たちも、よく通うようになっていきました。

小籠包の値段もどんどん上がって、和平広場にあった時代の3倍以上の値段になっていますが、いまだに安定した人気を誇っています。

今だったら、役人をここに連れてきても、怒ることはないかもしれません。

しかし、今の中国では、役人を接待することはなくなりました。

某部長の接待は、時代が早すぎてしまったのですね。